紅の豚 - 加藤登紀子「時には昔の話を」

マダム・ジーナになりたい。

 

 

 

スタジオジブリ作品のなかで、

一番好きなものは、と訊かれたら、

昔から「紅の豚」と答えて来ました。

 

「カッコイイとは、こういうことさ。」

とは、糸井重里さんが「紅の豚」につけた

キャッチコピーであり、

それはもちろんポルコのことだろうけれど、

私は、マダム・ジーナのカッコ良さに憧れます。

その懐の深さと、そして愛情の深さ。

 

彼女が経営するホテルの名前、

アドリアーノ」は、

ジーナの回想シーンからわかる通り、

ジーナが、人間だった頃のポルコと

一緒に乗った飛行艇の名前と一致します。

ジーナが、本当は初めから

マルコ(ポルコ)のことが

一番好きだったことの証拠でしょう。

 

そして、ジーナがマルコに

想いを伝えたことがない(であろう)ことも、

他の男と三度も結婚したことも、

明日をも知れない飛行艇乗りである

マルコのことが一番好きだからこそ

と思うと、本当に・・・

胸にこみ上げるものがあります。

 

 

 

演出覚書によると、この作品は、

「疲れて脳細胞が豆腐になった

 中年男のための、マンガ映画」だとか。

確かにそんな感じがします。

重たい出来事も感情表現もない、

映画自体の自己主張が強くないので、

さらっと観ることのできる映画。

 

でも、それは内容が軽いということではない。

同演出覚書には、こうも書いてあります。

「人物の描写は、氷山の水上部分と心得よ」

 

現実世界において、

人は簡単に苦悩を見せない。

強い人であればあるほど、

過去を秘めながら明るく生きる。

紅の豚の主要な登場人物たちは、

そういう意味でとっても強くて、

そして、とっても現実的。

 

 

 

氷山の一角を描いているのは、

人物に限ったことではありません。

世界恐慌から第二次世界大戦へと

進んでいく時代背景は明確ながら、

比較的控えめな描かれ方になっています。

それが良くわからない子供でも楽しめるし、

大人は大人で想像しながら楽しむ。

 

そう。

私が好きなのは、紅の豚のこういうところ。

 

みゆきさんとか谷山浩子さんとか、

僕が好む歌にも同じことが言えるけれど、

そぎ落とされた表現は、その余白に

鑑賞する自分自身が反映される。

だから、自分が成長するたびに、

新しい発見があって、作品に深みが増す。

一生付き合いたい作品になるわけです。

 

 

 

そんな、私の大好きな「紅の豚」のなかでも、

最も好きな場面は、

物語のエンディングです。

オルゴールの音をバックにしたフィオの語りと、

加藤登紀子さん(ジーナ)の「時には昔の話を」。

ここで痛切に襲ってくる喪失感に、

いつも胸がいっぱいになります。

失われてしまった時代の熱量。

もちろん、今は今で良いのだけれど…

そんなエンディングを迎えるために、

この作品はあると言いたくなるくらい、良い。

 

 

あの日のすべてが 空しいものだと

それは誰にも言えない

 

今でも同じように 見果てぬ夢を描いて

走りつづけているよね どこかで

 

加藤登紀子

時には昔の話を