マッサージ探訪記 其の4 「つくし鍼灸整骨院」@入谷 ~三年かかって良師を探せ~
食べログの評点があまり参考にならなくなって、
Google Mapsの評価を信頼するようになったのは
10年くらい前からだったでしょうか。
多忙の中、お世話になった他社の方の送別会を企画し、
口コミを読まずに評点で店選びをして大失敗、
などという経験も経て、評点や口コミの
読み方もだいぶ手馴れてきたのはここ2~3年。
そもそもの立地と価格帯、営業年数等も
重要な情報として参考にしながら、
口コミの文章も、舌の肥えた人なのか、
どういう味が好みで書いている人なのか、
深読みして選び抜く店の評判は上々。
しかし、整体・マッサージとなると、
どうしても身体との相性や、症状の相性があって
鍛えた口コミ読解力が必ずしも通用しないことが
実体験によりわかってきました。
今回紹介するつくし鍼灸整骨院は、
口コミの数、内容ともに非常に良く、
本当に助かっている人がたくさんいるだろうことが
良くわかります。院内にも、患者さんとの
ツーショット写真とアンケートがずらっと貼られ、
施術回数何回、どのような症状がどう改善したか、
数々の事例が確認できます。
私はここに12回通いました。
マッサージ探訪を始める少し前、
昨年末からの肩・背中の辛さを改善するため、
付近の良さそうな整骨院を選んだのでした。
最初の一回で時間をかけて身体を診てもらい、
首の後ろの筋肉がうまく使えていない点、
忘れてしまいましたがあともう一点指摘があり、
自宅で出来る簡単な運動を指導いただき継続。
施術は週1回ほど通いました。
早めに来た時の前の患者さんは、
肩を動かして「おぉ!」と感動されていたり、
確かな腕のある施術師さんだと思います。
ただ、私の慢性的な首肩背中のコリ、
その原因であるストレートネック(首の前突)は
改善を感じることはありませんでした。
こちらの施術は痛みを感じる指圧はなく、
押圧としても、よそと比べてかなり軽いもの。
院を出たときの身体が整った感というのも
明確に感じることは少なかったです。
20代のころ、デッドリフトというバーベルを下から
引き上げる種目をやっている最中に、
バーベルを持たないまま持っているような勢いで
身体を起こしてしまったことがあり、
暫く腰痛が改善しなかったことがありました。
形成外科に3か所ほど行きましたが、どこも
レントゲンを撮って、異常なしとして
湿布を処方されるだけ。そんなこんなで半年経ち、
これはまずいと頭を切り替えて整骨院を探し、
良さそうなところに行くと、一瞬で治してくれました。
曰く、腰椎の骨が捻じれて噛んでしまっていたと。
よほど腕が良いのだと感心して、数年通いました。
ただ、どうしても効果は一時的。
三歩進んで二歩下がる、であれば良いのですが、
三歩進んで三歩下がるような状況だったので、
「自分で身体を動かさなければダメなのだ」と
ピラティスでの改善に切り替えることにしました。
そして、また数年後。
自分で動くだけにも限界があることに気付き、
再び良い整体・マッサージを探す今に至るわけです。
そうした経験を経て今思っているのは、
四十肩・五十肩とか、脊柱管狭窄症、
坐骨神経痛、みたいな明確な症状に対しては、
一定の知識・技術があれば、効果的な施術が
ある程度誰でもできるのだろうということ。
一方で、本人の生活習慣や癖、
もともとの骨格の特徴から来る慢性的な症状は、
より深い身体への理解と、幅広いアプローチスキルが
求められ、到達する人は限られるのだろうということ。
つくし鍼灸整骨院さんは、診断名がつくような
症状のある方には、非常におすすめだと思います。
痛みのほとんどない施術。自宅で出来る簡単なワーク。
人柄も良く、院自体も広々として快適です。
ただ、身体症状を根本から改善したい場合に、
難しい場合もある、ということを感じました。
施術を受ける側も、本気で治したいなら
自分との相性含め、見る目を養う必要がある。
「あなたの不調の原因はここにあります」と
明晰に言われると、頼もしい!と感じてしまいますが、
それはまだ根本原因の手前の、更に手前かもしれない。
回数券はお得ですが、2~3回は様子を見た方が
最終的には経済的かもしれないと思います。
=====
つくし鍼灸整骨院 日比谷線・入谷駅徒歩3分
個人的満足度:★★☆☆☆
指圧の強さ :★★☆☆☆(極度に凝ってるところだけ痛い)
店内音楽 :★★★★☆(モーツァルト中心のクラシック)
マッサージ探訪 其の3 『動坂指圧「和み」』@田端 ~三年かかって良師を探せ~
一体どうしたことだろうか。
実は、マッサージ探訪 其の2 で訪れた
おやゆびや では、日曜の予約をしたつもりで
土曜の予約を取ってしまっており、その時間に
電話がかかってくるまで気付けなかった。
同時期に美容院も予約したが、もしやと思い
確認したら、翌年のカレンダーを見ていて
こちらも一日ずれで予約していたため、
慌てて電話を掛けて予約を取り直した。
そして今回の『動坂指圧「和み」』である。
スマホで登録した時刻に合わせて来店。
1時間後に予約が入っていることを指摘された。
もう、12:50に予約したかったのに誤ったのか、
そもそも13:50でOKしたのに12:50でカレンダーに
登録してしまったのか、皆目見当がつかない。
急遽近くのカフェを探して、
美味しいコールドブリューを頂きながら、
ブログを書くこととなった。
別に、普段はしっかりしている、とかではない。
普段もボロボロなのである。
財布は何度置き忘れたことか。
1度は戻ってこなかった。始末書も書いた。
ホテルの部屋に鍵を差しっぱなしにしたり、
逆に閉じ込めてフロントにお世話にもなった。
スマホの待ち受けにカレンダーウィジェットを
登録したのも、労働組合の打ち合わせを
一日に2回すっぽかしたことに起因する。
私は少女漫画の世界に生まれるべきだったろうか。
そうすれば、焦げかけのトーストをかじって、
出会い頭にぶつかったあいつは転校生。
いけ好かない、絶対あり得ない!タイプなのに、
何故かふいに胸が熱くなる……
好きになってく、マーマレードだったハズなのだ。
(出展:ママレード・ボーイ OP)
一切本題に触れることなく、
既に原稿用紙1枚半を超えている。すみません。
今回のお店は、マンションの一階に入っていて、
ウナギの寝床のような店舗。
内装も土壁のような渋めの和風テイストで、
リラックスできる。
だいたいの整骨院は白が基調だが、
あれは病院のようでやはり落ち着かない。
初めに問診表を記入する。辛いところはどこか。
普段の運動習慣は。今回の施術希望は。
指圧の強さは5段階でどのくらいを希望するか。
慣れているし、と4に丸をつけた。
担当してくれたのは、細目にメガネの、
自分より少し年上かな?という男性。
院長とは別の人だった。
鉄道が好き、と言われても違和感がない。
そういう感じも結構好きです。と思いながら
施術室へ。施術しやすい服装だったけれど、
「御着替えをしてお待ちください。」とのこと。
ゆったりした旅館のルームウェアっぽい
着替えを渡された。
施術前には改めて問診。
辛いところはありますか、と訊かれ、
肩から背中ですね。と答える。
うつ伏せになり、背骨をなぞる。
「背中はやはり硬いですね」
誰が触ってもこれは必ず指摘される。
施術は、指圧の基本に忠実にやると
こんな感じなのではないか、というものだった。
首や腕、背骨の脇を、端から順番に、
およそ均一に親指で押していく。
場所によっては結構痛い。
4に丸つけたんだから当然だし、
痛いと言えば弱くしたのだろうけれど、
なんとなく、それはしないでおいた。
たまに、腕を伸ばした状態で
肩甲骨の外側周辺を押したり、
脇の下を押したり、などの手技が
挟まったが、それもよそでは
特別と思わない範囲の施術だ。
昔指圧の教科書でチラ見した、
身体に黒い点が並んでいる絵を思い出す。
指圧すべきツボ、経絡経穴だったのだろう。
問診表で頭痛や眼精疲労に丸を付けた影響か、
よそではやっても1分程度だった頭の指圧が
念入りだった。後頭部、側頭部、そして
眼の周り。施術後しばらくは眼の周りに
軽い痛みが残った。眼の疲れは、それと
わからないくらいに慢性化していると
自分でも思うので、好転反応的な
ものなのかもしれない。
頭痛には繋がらなかったし。
60分コースの中で、会話は後半の20分くらい。
仕事の状況から、トレーニングしてますね、とか、
お客さんの中で肩の痛みが自転車通勤にしてから
すっかり治ったが、電車通勤にしたら
戻ってしまった人がいるとか、そんな話。
締めくくりは、座った状態で背中を後ろから踏んで
胸を反らした(胸椎進展)あと、
両手空手チョップを肩から背中、腰に掛けて
バタバタと当てる施術。
昔、魅せ技だか何だかと教えてもらった
手技だった気がする。身体には効果が薄いが
お客にやってる感を与えるパフォーマンス。
その考えに根拠を与えるように、
背中を上から勢いよくなぞって、施術台を
パシンと叩く手技が続いた。
施術台に音が出るほど手をぶつける必要性、
多分ないよね、そのなぞり方だったら。
まぁ、プラシーボも大事ですよね。病は気から。
自分の服に着替えて施術室を出ると、
待合スペースにお茶と蒸しタオルの用意が。
器は桜の形で、お茶の水面が桜になって風流。
ショップカードと紹介者カードを
千代紙で追ったカードケースに収めて
手渡された。こういうサービスはほっこりする。
店を出たときの体の軽さは、うーん、
可もなく不可もなく、かな。
表面押しではなく、奥まで指圧できている
感覚はあったが、なんとなくそこじゃない感を
覚える押しが多かったような気がする。
あるいは微妙に真っ直ぐ押せていない?
色々な人に施術してもらって、
なんとなく細かい違いが分かるようになってきた。
良いシリーズ企画になりそうだ。
=====
動坂指圧「和み」 山手線・田端駅徒歩10分
指圧の強さ :★★★★☆
手技の豊富さ:★★☆☆☆
個人的満足度:★★☆☆☆
マッサージ探訪 其の2 「おやゆびや」@田端 ~三年かかって良師を探せ~
意識していない、注目していないものというのは
目に入っても気に留まらないし、
目に入っているとすら言えなかったものも、
意識した途端に、気になってくるもの。
最近まで、整骨院や鍼灸院がこんなに
街中に溢れているとは思ってもみませんでした。
もしかして、コンビニより多い?
会社近くのオフィス街にも、
自宅周りの下町の住宅街にも、
ふと見ると整骨院の文字が。
特に鍼灸院の存在は新鮮でした。
はりきゅうって、かなりマイナーな存在だと
勝手に思ってました。人の体に針を刺すだなんて、なんだか怪しげだし。
ある十字路に立つと、そことあそこに2軒の鍼灸院、
なんてところもあって、驚きです。
意外と皆さん、グサグサされてるんですね。
さて、本企画2回目である今回のお店は、
その名の通りの指圧治療院「おやゆびや」です。
お店選びにはgoogleマップを使っていますが、
ここは評価5.0。とは言えこういった身体ケアは
相性もあるし、一人がそんなに何十軒も
いくことは珍しいという意味で、
飲食店と同じように見るわけにはいかない。
期待もそこそこに、お店に向かいました。
到着すると、整体の個人店らしい店構え。
扉を開けると、まさにおじさん、という感じの
グレーヘアの店主が出迎えてくれました。
しかしなんか見たことあるぞ、誰かに似てるぞ……
あ、わかったキッチュ(松尾貴史)だ。かなり近い。
そんなことを思うと同時に、一方でわたしの鼻は
独特な匂いに反応していました。
古いマンションの一室とかでこういう匂いあるな、
ブログに書く時なんと表現しよう。これはムズイ。
何に近いんだこれは。発酵しているような。漬物?
ザーサイ? ザーサイを改めて嗅いだら違うって
思うだろうな。でも今出し得るベストは
ザーサイだ。ザーサイしかない。
頭の中でこんなにザーサイを想うときは
今後の人生で再び訪れるだろうか。
キッチュ「今どこが一番つらいですか?」
私「背中から肩ですね」
そんなこんなで施術が始まる。
首・背中を押しながらキッチュ
「うわぁ、背中ガチガチですね。
まずは全身のツボを押しますね」
後頭部を軽く押した後は、
念入りに肩甲骨回りを指圧。
おやゆびやと称するだけあって、
親指による強すぎない、けどしっかりした圧が、
私の僧帽筋や菱形筋をほぐしていく。
「田端にお住まいなんですか?」
「いえ、私は○○のあたりで」
「それはわざわざありがとうございます。
○○と言えば……」
東京の下町エリアに昔から住んでいるらしく、
あそこはドラマ撮影でよく使われる、みたいな
土地ネタで色々と話しかけてくれました。
記事にするつもりはありませんが、最近、
数店舗展開している整骨院にも何度か行きました。
そこでの押しは、それほど強くないのに痛い。
一度、施術後に酷い眼精疲労頭痛が
来たこともあります。関連性は不明ですが……
そこは、表面を押されている感覚が強かった。
対してここの指圧は、しっかりと深いところまで
押されている感覚。なぜそのような違いが
生まれるのかわかりませんが、
身体が整っていく感覚というのは、
圧倒的な差が感じられました。
ちなみにその整骨院は、施術前と施術後で
写真を撮り、この巻き肩が改善したとか、
背骨の歪みが良くなってるとか、
説明をしてくれるところでした。
これで納得して通っても、きっと
なかなか根本改善は難しかったのではないかな……
「田端は長いんですか?」
「8年になります。早いですね。
その前はタイマッサージをやっていて」
「今の施術にも活かしてらっしゃるんですか?」
「そうですね、指圧は点ですが、タイマッサージは
こんな風に面で押す感じです。足も使います。
登山でめちゃくちゃ脚が疲れた、なんて時は
急遽タイマッサージやったりしますよ、
その方が効くので。」
前回のタイマッサージでの疑問、早速解消です。
点ではなく面で押すのがタイマッサージ流の模様。
「金曜にタイ料理の賄いを出すタイマッサージ店が
ありまして。毎週通ってたんですよ。
将来指圧やろうと思ってると話したら、
タイマッサージも勉強しておいた方がいいわよ、
北千住にあるから、と」
「通い終わって久しぶりに施術してもらったら、
やってることが全然違うんで、尋ねてみたら
私たちは通ってない、って言われて。
見様見真似だとか、おばあちゃんに習ったとか
そんなんでねぇ。」
「一度、タイ本国から大学院を出たマッサージ師が
来るから、受けて勉強したら良い、伝えとくから、
と言ってもらって。タイは大学でマッサージを教えてて、
病院でも働けるんですよ。それで受けてみたら、
本当に上手かったですね。おばちゃんたちも
受けて勉強したら?と思いましたよ」
肩甲骨まわりの後は腰の背骨を少し指圧、
その後は脚・足の念入りな施術。
興味を惹いたのは、最後の首の施術でした。
頭を押さえて首の根っこを後ろから指圧しながら、
「黒目を右上に向けてください。…左下。
…右上。…左下。次は左上。…右下。
右回りに三回大きく回してください。
次左回り。」
押しながらここをこう動かして、という施術は、
前回触れたゲイマッサージの腕利きのスタッフも
使っている手法。しかし、目の動きと首、ですか。
やはり奥の深そうな世界だなぁ……
施術後は肩が良く回り、首の進展もスムーズに。
「楽器とかやってますか? その猫背の原因は何ですかねぇ」
「私も猫背が昔酷くて。親父譲りでしたが、
指圧で治してもらいました。治せますから大丈夫ですよ」
マジですか。私、マッサージ探訪始めちゃって。
手ごろな価格で効果もしっかり感じられたので
また来るかもしれませんが、いつになるか。。。
そうそう、キッチュには筋肉の質を、
滑らかですねと褒められました。
運動していない人の筋肉はゴワゴワだそうです。
ゴワゴワは避けたほうが良いかと。運動しましょう。
=====
おやゆびや 山手線・田端駅徒歩8分
個人的満足度:★★★★☆
匂い満足度 :★★☆☆☆
マッサージ探訪 其の1「relax Ui」@鶯谷 ~三年かかって良師を探せ~
唐突に新シリーズを始めます。
良きマッサージ師を求めてさすらいを始めており、
記録と共有を兼ねてレポートを
お届けする企画となります。
記念すべき初回にもかかわらず、
何故この店を選んだのか。
場所は鶯谷北口すぐのホテル街。
鶯谷倶楽部というシティホテルの皮を被った
ラブホテル入口の脇にある階段から登って
2階に位置するお店です。
場所柄から、「抜きアリのお店ですか?」
と予想した、そこのあなた。
心が汚れていますよ。
ここは純粋なタイ古式マッサージ、
しかもタイ王国国家技能認定を取得した
セラピストによる施術を受けることのできる
お店なのです。
初回からいきなり思い出話に飛びますが、
タイ古式マッサージと言えば、
世がコロナで一変する少し前、
親友Kと往く!バンコク・アユタヤ旅、
というのをやった時に
現地で受けたものが最初で最後でした。
Kは満足したようでしたが、
私はただ痛みに耐えるだけの時間で、
台湾で受けた足つぼマッサージもあんまりだったし、
自分にはマッサージって向かないのかな、
と思ったものでした。
閑話休題。
2021年オープンのこちらは、
外装、内装とも綺麗で清潔感あり。
ガラス張りの扉を開けると、
タイらしい湿度高めの空気が出迎えます。
「20時に予約した○○です」
「? ハイー(納得してない様子)」
これは予約がちゃんと入っていないな、
と瞬時に察知。
店舗のタブレットには、別の予約で埋まった
タイムスケジュールが映し出されていました。
一番早いお客さんで21:40に終わるとのことで、
21:45からでも良いですか?
サービスさせていただきます、
と申し訳なさそうに言うので、承諾。
受付卓下から出てきたバインダーには、
私の名前と電話番号、
予約日時が書かれた紙が挟まれており、
「これですこれです」と私。
なるほど書くだけ書いて、
システムに入力し忘れたのだな。
1時間半ほどして、気を取り直して再来店。
ほうじ茶にフルーティな香りが加わったような
お茶を振舞われ、少しの間準備待ち。
部屋に通されると、床に敷かれたマットと荷物入れ。
コート掛けなどもあり、
必要最低限が揃えられている様子。
施術を受けるための着替えも用意されていて、
タイパンツは壁に貼られた履き方に従って着用。
ウエストを自由に設定できてゴムのような
締め付けもないので楽ちんで履きやすい。
ルームウェアに良いかも。
待っているとセラピストさんが来て、
足を洗います、とのこと。
丁度良いぬるま湯で丁寧に足を洗っていただいた。
足って、シャワーを浴びても
ついつい洗い忘れてしまうけど良くないのかな。
水虫は経験ないけど、足臭くなりやすいしなぁ。
そんなこんなで部屋に戻って、施術開始。
実はこのところ、整体やマッサージには
既に何か所か通ってきています。
いつかその話も書きたいと思っていますが、
今の私のマッサージ熱のきっかけは、
とあるゲイマッサージのスタッフで、
この人がまぁ腕が良い。
へぇ、そんなに気持ち良くイかせてくれる人なのね、
と思ったあなた。それは心が……
汚れていなくても、無理はない。
でも不正解、健全な施術の方です。
国家資格持ちで勉強熱心な40代、
多様な手技と触診による見立てで、
リフレッシュ抜きでも充分元が取れる
施術を提供してくれるのです。
そのうえリフレッシュがまた相性が…
などと言っていると話が進まない。
彼を中心に、受けた施術や
自分でかじった解剖学の蓄積のおかげで、
僅かながら、施術の種類や意図が
わかるようになってきました。
今回タイ古式を受けて思ったのは、
いわゆる、あんま、指圧、
そして少しカイロプラクティックっぽい手技の
混合技っぽいな、ということ。
一番多い手技は、指や肘で押す・掌で押す、
回しほぐす、というもの。
圧を掛ける押し方と、
筋肉を引き伸ばすような押しを使い分けていました。
圧を掛ける際には、足で踏む、
蹴るという手技、いや足技?も。
次に筋肉を掴むようなほぐし、そしてたまに叩く。
ユニークな施術としては、膝をうつ伏せの私の
お尻のくぼみのところに乗せて、脛から足で
私のもも裏をキックキック、というもの。
エンターテインメント目的かな?
そしてたまに差しはさまれる、
腕を引っ張っての体の捻じりこみ。
ふぉおう!と声が出てしまうような捻りによって、
私の背骨は小気味よくポキポキと音を立てる。
これが、例のゲイマッサージスタッフの
「今日はカイロっぽいこともやってるので」の
施術に近いものでした。
指圧する箇所は、背骨の脇(背中~腰まで)や
肩甲骨内側縁といった整骨院っぽい箇所、
さらには、合谷ほか経絡系狙いのような箇所も。
足つぼも気持ち良く押していただきました。
ちなみに施術してくださった方は
日本語はカタコトレベルに近く、
コミュニケーションはなかなか難しい感じでした。
予約ミスのサービス分は15分、
蒸しタオルを首に当てながらの指圧と、
少しばかりのヘッドマッサージ。
首~背中のコリは誰が触っても硬いという
私の自慢の部分で(←)。
とても気持ちよく施術してもらえました。
60分6000円というリーズナブルな
料金設定の中で、様々な手技を組み合わせて
体をほぐしてもらえたので満足度はなかなか。
本場タイで受けた、
ひたすらに痛いだけの時間とはならず、
気持ちいい~痛気持ち良い、くらいが大半で、
イテテとなったのはふくらはぎをつかむほぐしと、
腕の付け根と胸の間くらいを
肘で押された時くらいかな。
ただ、解剖学を理解してアプローチする
腕の良いセラピストと比べると、
そういった「点」でのアプローチに対して、
「面」で粗めに押されている感が
否めない、というところはありました。
タイ古式でも的確にポイントを突いてくる
手練れが存在するのか?
今後に期待、といったところで、
今回のレポートとさせていただきます。
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良いお年をお迎えください 8th. - 谷山浩子「窓の外を誰かが歩いている」
12月31日、14時40分。
昨年より10分早く、この毎年恒例
一年の振り返り記事を書き始めることが
できました。。。いや相変わらずギリギリ。
正直、今年は書けないなと思っていました。
大きな流れとしては、7月から仕事の担当案件が
替わり、その前と後で全く様相の異なる
日々になったわけですが、それをおいても、
今年の1月2月なんて、はるか昔のことのように
思えるくらい。1年という振り返り方が
できるような気がしてこない。
出来事から振り返るのは難しいなぁ、と
日記的なものを読み返しながら、
気付かないうちに自分が大切にするものが
変わっていった一年だったなぁと気づきました。
長らく、自分は仕事でリードすることで
自分で自分を承認していたというか、
自分のアイデンティティにしていました。
新卒以来勤めていた部署では、
何でも自分で勉強して、実践して、
業界が蓄えてきた、しかし会社は
取り込めていないノウハウを身に着けて
「一体何やってるんだ君たち!!」
とばかりに仕事をしてきていました。
昨年7月に異動して、扱う製品が新しくなり、
自分が集中的に学んできた開発もほぼ不要に。
特に、今年の7月に移った案件では、
自分が把握できていないことについて
ファシリテーションしなければいけない
ところから自分の仕事がスタート。
右も左もわからない新人に戻った気分でした。
そんな経験を経て、自分が求めるのは、
仕事で自分がリードして、成功を収めていく
ことではなさそうだと思うようになりました。
自分は裏方で、サポートするのが性に合う。
前に出ていくようなことはしたくない。
前の部署でそうやって仕事をしていた頃は、
常にイライラしていたのですが、
その原因がそこにあったのだということに
思い至ったのです。
今はまだ、そのことが分かったばかり。
今の仕事を長く続けていくイメージは
つかなくなったけれど、どのように
方向転換していくのか、ゼロから
改めて見つけ直したいと思っています。
長いこと、自分のことを勘違いして
ある意味無理をして生きていたのだなと
振り返れば思うけれども、
生きるステージを変えてみるまで
全く気付くことはなく、それどころか
その勘違いをさらに深めようと
していたと思うと、
気づける流れに乗れたというのは
本当にありがたいことだと思います。
窓の外を 誰かが歩いている
あの時 呼ばれたのに
通り過ぎた余所の子供
それとも 逃げたままで
行方知れずのカナリア
世界中の誰ひとり
おぼえていない約束
引用:谷山浩子「窓の外を誰かが歩いている」
自分が本当にしたいことは何か、
自分が本当に望むことは何か、というのは、
始めからずっとわかっている人にとっては
何てことないのでしょうけれども、
幼いころに失くしてしまった場合、
思い出すにはだいぶ時間が必要そうです。
良いお年をお迎えください 7th. - Schroeder-Headz feat. 大貫妙子「空飛び猫」
12月31日、14時50分。
滑り込みで、良いお年をお迎えくださいの
恒例記事を間に合わせんと頑張っております。
何故こんなにギリギリかって、今年の暮れは
イレギュラーが多かった。。。
まず11月中頃に始まった、気管支に来る風邪。
鼻と気管支を行ったり来たり逃げ回りながら、
1か月近く粘られました。今も僅か残っている……
それが良くなってきたかなと思えば今度は、
何もできないくらいの頭痛が2日に渡ったり、
iPhoneのアップデートが失敗して
リンゴループになって全く使えなくなったり。
そして最後は魔女の一撃。重いものどころか
手に何も持っていない状態で、屈んだ姿勢から
身体を起こしたところで腰に激痛が来たのが
外から、加えて自分で施す靈氣のお陰でしょう、
目を見張る勢いで快方には向かいつつ、の
大晦日という状況。
やりきれなかった大掃除のうち、ベッド下だけはと
今日済ませて、実家に戻りました。
気づけば今年一年で、身に起こる出来事の
とらえ方が大きく変わり、今やこのバタバタも
次のステップのための準備として、
来るべくして来ているもの受け入れています。
もちろん、実際問題として困ったり不便だったりする分
緩和のために最善は尽くしていますが。
もともとごく身近なところに、不思議な体験というか、
能力というか、を持っている人が昔からいて、
そのおかげか他にも、そういった人に何人も
出逢ってきた人生でした。
過去にも書いていますが、オーラの泉という番組が
自分の人生観を形成した自分だったからこそ、
そういう人に出会えたというか、そういう人が
隠さずに話してくれたということなのかもですが、
去年、いや一昨年くらいまでは、それは私の中で
別のレイヤーのことというか、
現実に生きるということとは完全に分かれた世界で、
すべては学びであり経験と感動の魂修行だけれども
現実問題はそれとは関係ないものとして、
対処していく、というような生き方でした。
しかしそれが、その身近な人というのが
これまでと全く異なるレベルまで能力を高めて、
それを人々のために使えないかと動き出した、
その動きがまるで乳化剤のように働いて、
別々だったレイヤーが混ざり合って
一つになりだした、というのが、今年。
10年勤めた部署からの異動もあいまって、
大きな変化を迎えた一年でした。
一方で、自分の内面に限って言えば、
変化したという感覚があまりないというか、
変化につきものの不安や戸惑い、緊張、気負い、
そういったものが一切ないがために、
平常心を保った一年のような気がします。
より大きな世界を前提とすると、
現実世界をより客観的に見られる、
というところはありますね。
ちょっと聞こえてくるところによると
来年は今年以上に、世の中が揺れそうです。
個人的には、自分の苦を主張し
認めさせるようなムーブが多過ぎる世の中、
自分の苦をもって相手の苦を想像し、
助け合うことを目指せないものか、と
考えていたのですが、
どうやらそれはまだ先のステップで、
まずは個が自立することが必要なようです。
残念ですが、仕方ない。
個の自立といっても、ひとりということでは
決してないはずですから、見守られながら
ゆっくり進んでまいりましょう。
確かなものは いつでも心の中
交わしてない約束を 守り続けて
花は何にも言ってはくれないけど
風に揺れてそっと 見守ってくれてる
星はいつでも 全ての営みを
遠い空から じっと見つめ続けている
空を飛ぶネコ あとに残して
あの人はもう 行ってしまった
季節外れの 気まぐれな風が
いつしか会える日が来ると 教えてくれる
Schroeder-Headz feat. 大貫妙子『空飛び猫』
良いお年をお迎えください 6th. - 中島みゆき「産声」
もはやこのブログも、年末の振り返り記事を
年一でアップするだけの場と化しております。
特に今年はあまり書く気が起きないまま、
続けてきたこの習慣を失くすのも勿体ないなぁと
賞味期限の切れたもみ海苔をもしゃもしゃと
鷲掴みで食べながら書き始めたわけですが。
でもこうして定点観測的に振り返りを残していると
発見があるなぁと、ネタ探しで去年の記事を
読んだところで気が付いた。
去年の振り返りでは、大学生くらいの頃から
十年以上続いていた、「頭の中で自分を殺す」
という妄想癖をやめることを、
翌年の目標に掲げているんですが、なんと、今、
それを読むまでそのことをすっかり忘れるくらい、
その習慣が消えているではありませんか(ニッコリ)。
今年、何度かその妄想をした記憶は確かにあります。
その時は、あーもうやめるって決めたんだから!と
思ったりしたんですが、妄想を打ち消そう、という
努力をしたつもりはあまりないままに、
気付いたらなくなっていた、という感触。
「変わりたい」と本気で思ったときには、
既に変わり始めていたのではないかと
思えるような、そんな変わり方。そして、
そんな変化というのがちょうど今も
起き始めている、なんていう出来過ぎた話を
ちょっとここでさせてもらいましょうか。
個人的にこの5~6年というのは、
仕事が忙しくて、仕事と習い事と家事だけで
日々が過ぎていく時期の方が長くて、
そういう人生を過ごしていると本当に
友達が少ないし増えないのですが、
合間にふっとできる暇な時期にも、
特にさみしさとかつまらなさとかを
覚えることは、さしてなかったように思います。
できていなかった仕事の勉強をするとか、
習い事にもっと時間を割くとか、
そういうことに勤しんでいる間に、
また忙しくなる。その繰り返し。
ところが今年の秋冬は、そうではなかった。
幅広く色んな人と遊び回っているような人との
縁がきっかけだったようにも見えるのですが、
いずれにしても、なーんだかさみしい。つまらない。
うん、まぁ違うさみしさもあってそれがだいぶ
手伝ったところもあるけれど、それは置いといて。
そして、「そういえば自分って、もともとは
オープンマインド(※)な人間だった・・・?」
ということまで、遡って思い出す始末。
というのも小学2年生までの私は、
誰とでもけっこう仲良くしてたし、
自分から積極的に関わりに行くタイプ。
それが小学3年生のクラス替えで、
特に男子からの扱いが変わったことで、
人との関わりを忌避するようになってしまい、
それを約四半世紀もの間、
引きずってしまっていて、しかもそのことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。
しかしここへ来て私は初めて、
多分人生で初めて、本気で
「オープンマインドになりたい。そして
そのための自信が欲しい!」
という願いを持ったのです。
職場の、顧客環境へ接続するために
一部の人だけが入室を許可されている作業室で。
(特に意味はない)
で、そんなことを友人と話していたら、
MBTI診断やってみたら?とのサジェスチョン。
何度かやったことあって、ブレは多少あるけど
基本的にはINFJなんだよねーと言いつつ、
その場でやってみたところ、出た結果はENFJ。
頭の I ⇒ E は、内向から外向への変化でした。
えっ? 変わりたいと思ってるのに、
診断結果はもう変わってるんだけど・・・
なんということでしょう。
全くのノープランだったのに、今年もちゃんと、
この話題にぴったりなみゆきさんの曲を、
思いついてしまったではないですか。
「産声」という歌は、
中島みゆきさんの夜会工場のテーマ曲。
すみません、長くなるので夜会も夜会工場も
ここでは説明しないのですが、
みゆきさんの夜会においてよく扱われるモチーフが
「自分の中で抑え込み忘れてしまっている
自分の過去を呼び起こし、そこから解放される」
というもの。
「産声」はそれがそのまま歌になっています。
忘れてきたもの何かある 捨て去ってきたもの何かある
どれも都合(たや)良(す)く消え去りはしない
どれも都合(たや)良(す)く呼び戻せるはずもなくて
自分の中で抑え込んでいる記憶は、
多くはそれが自分にとって都合の悪い、
思い出したくない痛みを伴うものだから
仕舞い込んで、なかったことにしている。
いわゆる「トラウマ」はその強烈なものですが、
そんな強いものでなくても、特に幼少期は
その後に影響を与える出来事というのが
多分いくつもあるはずなんですよね、感覚的に。
一見なかったことにできるほど奥に仕舞い込むから
容易には思い出せないし、かといって未消化だから
そのままの形で残り続けてしまう。
何かきっかけがないと、引っぱり出せない。
けれど、他人とのかかわりの中でそのきっかけは
なかなか見つけることができない。
誰かが私に問いかける 何びとであるか問いかける
聞きたい答は既(すで)に決まってる
私が属する国の名を聞きたがる
「産まれは何処(どこ)の国」 「心は何処(どこ)の国」
それだけで聞き終える 何もかも聞き終える
属性だけで人は人を語りがちだから、
とここでは歌われていると。私は思っています。
それによって自分自身すら、
属性を理由にして自分を理解してしまう。
それに対抗して、過去を解放する方法として
ここで提案されているらしい方法のは、
「人間は、みな同じところからスタートしたはずだ」
ということを思い出そう、ということ。
夜会工場でみゆきさんが産声を歌うとき、
どの国の赤ん坊も、産声の音程は全く同じ高さ、
Aの音である、という前口上が述べられました。
誰か私のために あの歌を歌ってください
まだ息をするより前の 産まれながら知っていた歌を
誰か私のために あの歌を歌ってください
産まれくる総ての人が 習いもせず歌える同じ歌
誰か私のために あの日々を教えてください
何度でも歌は始まる 始まりの音が思い出せたら
属性は、基本的に一生変わらないものですから、
それを理由にするならば、変わることはできない。
そのままでは、「変わりたい」は、
今の自分を否定するということでしかなく、
本当に変われるとは思っていない、
というか、思えないですよね。
でも、何かきっかけがあってそうなったのであれば、
話は大きく変わってくる。それが理解できれば、
どうしてそうなったのが、どうすればそうでなくなるか、
その発想の中で、疑いなく、変わることを目指せる。
そして、その時には既に「変われる」と思っている。
ついでに、完全に今の自分の感覚だけ言いますが、
もし「それ」が一番最初からの自分だった場合は、
多分、そこから変わりたいとは、本気では
思わないんじゃないだろうか、と思ってます。
それが自分に一番しっくりくるはずだから。
つい1週間ほど前、私は英語の集中コーチングを
受講することを決め、即申し込みをしましたが、
それは、取り組み始めていた転職活動で、
期待したよりも、今の延長線上の仕事しか
できないかもしれない、と感じ始めていた矢先、
思い切って話しかけた自社の執行役員に
期待を大きく超える話をうかがえて、
この人の下で仕事ができれば
この会社では無理だと思っていた成長が
できるんじゃないかという希望を持ち、
引き抜いてもらうためのアピールとして
英語が使えることが有効そうだ、
そして暫く大きい仕事が入らなそうな今が
集中できるまたとないチャンスだと思ったから。
少し前までの自分だったら、声掛けたら
良いことがあるかもしれないと思っても、
結局声をかけなかったはず。
でも、今やらないといけない、という
切迫感も手伝って、違う自分を発揮して、
そこから自分の人生が別の方向へ
確実に動き始めている。
本当に変わりたいと思った時に
チャンスが巡ってきてくれたのは、
人生の常なのか、奇跡的なラッキーなのか。
私は前者だと信じています。
もう一度産まれることが もう一度あったとしても
時は戻らない 続きを編むだけ
かなうなら あなたと
引用:中島みゆき「産声」
※オープンマインド (open minded)は、
自分と異なる考えを受け入れる、
という意味が主のようですが、
互いの違いを楽しめるかどうかが、
人との関わりの幅を決めている、
特に自分の場合は
それが顕著であるという考えから、
この単語で表現することを選んでいます。