良いお年をお迎えください 6th. - 中島みゆき「産声」

もはやこのブログも、年末の振り返り記事を

年一でアップするだけの場と化しております。

特に今年はあまり書く気が起きないまま、

続けてきたこの習慣を失くすのも勿体ないなぁと

賞味期限の切れたもみ海苔をもしゃもしゃと

鷲掴みで食べながら書き始めたわけですが。

 

でもこうして定点観測的に振り返りを残していると

発見があるなぁと、ネタ探しで去年の記事を

読んだところで気が付いた。

去年の振り返りでは、大学生くらいの頃から

十年以上続いていた、「頭の中で自分を殺す」

という妄想癖をやめることを、

翌年の目標に掲げているんですが、なんと、今、

それを読むまでそのことをすっかり忘れるくらい、

その習慣が消えているではありませんか(ニッコリ)。

 

今年、何度かその妄想をした記憶は確かにあります。

その時は、あーもうやめるって決めたんだから!と

思ったりしたんですが、妄想を打ち消そう、という

努力をしたつもりはあまりないままに、

気付いたらなくなっていた、という感触。

 

「変わりたい」と本気で思ったときには、

既に変わり始めていたのではないかと

思えるような、そんな変わり方。そして、

そんな変化というのがちょうど今も

起き始めている、なんていう出来過ぎた話を

ちょっとここでさせてもらいましょうか。

 

 

 

個人的にこの5~6年というのは、

仕事が忙しくて、仕事と習い事と家事だけで

日々が過ぎていく時期の方が長くて、

そういう人生を過ごしていると本当に

友達が少ないし増えないのですが、

合間にふっとできる暇な時期にも、

特にさみしさとかつまらなさとかを

覚えることは、さしてなかったように思います。

できていなかった仕事の勉強をするとか、

習い事にもっと時間を割くとか、

そういうことに勤しんでいる間に、

また忙しくなる。その繰り返し。

 

ところが今年の秋冬は、そうではなかった。

幅広く色んな人と遊び回っているような人との

縁がきっかけだったようにも見えるのですが、

いずれにしても、なーんだかさみしい。つまらない。

うん、まぁ違うさみしさもあってそれがだいぶ

手伝ったところもあるけれど、それは置いといて。

そして、「そういえば自分って、もともとは

オープンマインド()な人間だった・・・?」

ということまで、遡って思い出す始末。

 

というのも小学2年生までの私は、

誰とでもけっこう仲良くしてたし、

自分から積極的に関わりに行くタイプ。

それが小学3年生のクラス替えで、

特に男子からの扱いが変わったことで、

人との関わりを忌避するようになってしまい、

それを約四半世紀もの間、

引きずってしまっていて、しかもそのことを

すっかり忘れてしまっていたのでした。

 

しかしここへ来て私は初めて、

多分人生で初めて、本気で

「オープンマインドになりたい。そして

 そのための自信が欲しい!」

という願いを持ったのです。

職場の、顧客環境へ接続するために

一部の人だけが入室を許可されている作業室で。

(特に意味はない)

 

 

で、そんなことを友人と話していたら、

MBTI診断やってみたら?とのサジェスチョン。

何度かやったことあって、ブレは多少あるけど

基本的にはINFJなんだよねーと言いつつ、

その場でやってみたところ、出た結果はENFJ

頭の I E は、内向から外向への変化でした。

えっ? 変わりたいと思ってるのに、

診断結果はもう変わってるんだけど・・・

 

 

なんということでしょう。

 

全くのノープランだったのに、今年もちゃんと、

この話題にぴったりなみゆきさんの曲を、

思いついてしまったではないですか。

 

 

「産声」という歌は、

中島みゆきさんの夜会工場のテーマ曲。

すみません、長くなるので夜会も夜会工場も

ここでは説明しないのですが、

みゆきさんの夜会においてよく扱われるモチーフが

自分の中で抑え込み忘れてしまっている

 自分の過去を呼び起こし、そこから解放される

というもの。

「産声」はそれがそのまま歌になっています。

 

忘れてきたもの何かある 捨て去ってきたもの何かある

どれも都合(たや)良(す)く消え去りはしない

どれも都合(たや)良(す)く呼び戻せるはずもなくて

 

自分の中で抑え込んでいる記憶は、

多くはそれが自分にとって都合の悪い、

思い出したくない痛みを伴うものだから

仕舞い込んで、なかったことにしている。

いわゆる「トラウマ」はその強烈なものですが、

そんな強いものでなくても、特に幼少期は

その後に影響を与える出来事というのが

多分いくつもあるはずなんですよね、感覚的に。

 

一見なかったことにできるほど奥に仕舞い込むから

容易には思い出せないし、かといって未消化だから

そのままの形で残り続けてしまう。

何かきっかけがないと、引っぱり出せない。

けれど、他人とのかかわりの中でそのきっかけは

なかなか見つけることができない。

 

誰かが私に問いかける 何びとであるか問いかける

聞きたい答は既(すで)に決まってる

私が属する国の名を聞きたがる

「産まれは何処(どこ)の国」 「心は何処(どこ)の国」

それだけで聞き終える 何もかも聞き終える

 

属性だけで人は人を語りがちだから、

とここでは歌われていると。私は思っています。

それによって自分自身すら、

属性を理由にして自分を理解してしまう。

 

それに対抗して、過去を解放する方法として

ここで提案されているらしい方法のは、

「人間は、みな同じところからスタートしたはずだ」

ということを思い出そう、ということ。

夜会工場でみゆきさんが産声を歌うとき、

どの国の赤ん坊も、産声の音程は全く同じ高さ、

Aの音である、という前口上が述べられました。

 

誰か私のために あの歌を歌ってください

まだ息をするより前の 産まれながら知っていた歌を

誰か私のために あの歌を歌ってください

産まれくる総ての人が 習いもせず歌える同じ歌

誰か私のために あの日々を教えてください

何度でも歌は始まる 始まりの音が思い出せたら

 

属性は、基本的に一生変わらないものですから、

それを理由にするならば、変わることはできない。

そのままでは、「変わりたい」は、

今の自分を否定するということでしかなく、

本当に変われるとは思っていない、

というか、思えないですよね。

 

でも、何かきっかけがあってそうなったのであれば、

話は大きく変わってくる。それが理解できれば、

どうしてそうなったのが、どうすればそうでなくなるか、

その発想の中で、疑いなく、変わることを目指せる。

そして、その時には既に「変われる」と思っている。

 

ついでに、完全に今の自分の感覚だけ言いますが、

もし「それ」が一番最初からの自分だった場合は、

多分、そこから変わりたいとは、本気では

思わないんじゃないだろうか、と思ってます。

それが自分に一番しっくりくるはずだから。

 

 

 

つい1週間ほど前、私は英語の集中コーチングを

受講することを決め、即申し込みをしましたが、

それは、取り組み始めていた転職活動で、

期待したよりも、今の延長線上の仕事しか

できないかもしれない、と感じ始めていた矢先、

思い切って話しかけた自社の執行役員

期待を大きく超える話をうかがえて、

この人の下で仕事ができれば

この会社では無理だと思っていた成長が

できるんじゃないかという希望を持ち、

引き抜いてもらうためのアピールとして

英語が使えることが有効そうだ、

そして暫く大きい仕事が入らなそうな今が

集中できるまたとないチャンスだと思ったから。

 

少し前までの自分だったら、声掛けたら

良いことがあるかもしれないと思っても、

結局声をかけなかったはず。

でも、今やらないといけない、という

切迫感も手伝って、違う自分を発揮して、

そこから自分の人生が別の方向へ

確実に動き始めている。

本当に変わりたいと思った時に

チャンスが巡ってきてくれたのは、

人生の常なのか、奇跡的なラッキーなのか。

私は前者だと信じています。

 

もう一度産まれることが もう一度あったとしても

時は戻らない 続きを編むだけ

かなうなら あなたと

引用:中島みゆき「産声」

 

 

 

※オープンマインド (open minded)は、

 自分と異なる考えを受け入れる、

 という意味が主のようですが、

 互いの違いを楽しめるかどうかが、

 人との関わりの幅を決めている、

 特に自分の場合は

 それが顕著であるという考えから、

 この単語で表現することを選んでいます。